スクリーンを横から見てみる

映画と、映画以外の全て、の2つについて。twitterは@cathexis_impish

マイナンバーカードって海外に行くと失効するらしいよ

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、わたくしもご多分に洩れず助成金やら給付金やら何やらといろんな申請をしようとしてました。オンラインで。
 作ったマイナンバーカードはベンチ入りはするものの、ずっと出場機会訪れませんでした。しかし時代は変わり、チャンス到来。しかしながら骨折並みのアクシデントで途中交代となり実力を発揮することができませんでした。

 相場の倍近くするICカードリーダーを購入し、パソコン画面で申請を進めていきます。
 カードを読み取り、パスワードを入力したところで「パスワードが失効しています」って出たんですよね。これ以上は先に進めない。役所に行って手続きしろ、だって。
 外出しないようにオンラインを選んだのに。どうせ役所に行ってもパソコン画面で手続きするくせに。自宅で出来るんじゃないの?
 で、役所に行ったらパスワードどころか「マイナンバーカード自体が失効しています」と言われましたよ。
 去年の前半あたりまで、1年弱ほど海外に滞在していたんですが、渡航の際に律儀に転出届を出していたんです。海外に転出でマイナンバーカード失効するらしいです。
そんなこと出てくときも戻ってきたときも教えてくれなかったよ。なぜ海外に住むだけで失効する?国籍を変えるなら分かるけど。マイナンバーカード使ってほしいんでしょ?なんで再申請に2ヶ月ほどかかる?

 マイナンバーカードの再発行は止めました。いらないもの。書面での手続きにしました。

 もうヘトヘトです。久しぶりに ”OYAKUSHO” の、神経を逆なでさせられる仕組みに打ちのめされました。
 国税局のオンライン申請がMacSafariWindowsIEだけとか動作環境がやたらシビアだとか、よくわからないプラグインやらアプリを入れろだとか、マニュアルや説明を全部PDFにしたがるところとか。
 e-Taxソフト(web版)なんて、画面が「読み込み中」のまま全然表示されなくて、調べたら「OSの言語設定が英語優先になってるよ。日本語優先じゃないからダメ」だって。なんだそれ。Sorry, I’m an American wannabe.

 11年の震災の時に行政のダメさを思い知らされたのに、10年も経たないうちに忘れてしまっていたようです。あの時のこと、被災した人たちのことを忘れないことも大切ですが、非常時には国は何の役にも立たないことも忘れてはいけません。

今日は疲れ切って免疫力が弱まりました。マスクはまだ届いてません。
私のような経験をしたアナタ、低下した免疫力は映画でも観て回復させましょう。
わたしは、ダニエル・ブレイク』なんていかがでしょうか。
日本だけでなく、どこの国も一緒です。
世界はひとつ。良くも悪くも。

 

『ジョンウィック:パラベラム』透明な雨と不透明な赤ワイン

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 Amazon Prime で「地上最大のショー」を鑑賞した。むかし観た時は空中ブランコをはじめダンスや曲芸が楽しく、列車事故にビックリしたことを覚えている。久々に見返してみると、ヒロインの女の、あまりにも、いま目先で起こった出来事からしか物事を判断できない思考回路に辟易させられたのと、男女の恋愛観を装いながら経営者(や政治家)と労働者(や国民)の考え方の違いを提示していたことが興味深かった。大人になったなぁ。あと、ピエロがジェームズ・スチュアートだったなんて!素顔が出てたのが写真だけだぞ!


 そういうことがあって、『ジョンウィック:パラベラム』を観る。
 『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』がトム・クルーズのやりたいアクションシーンありきで作られ、それらのシーンに必然性を持たせるため後からストーリーが作られたと聞いた。冒頭でアクション映画の先達、バスター・キートンに敬意を示す『ジョンウィック:パラベラム』もきっと同じように作られたのではないかと想像する。別にそれが悪いとはちっとも思わない。アクション映画ならアクション優先で制作されて当然だと思う。きっと昔のアクション映画もそのようにして作られたものは多いだろう。この作品はアクションとユーモア満載の映画だった。楽しかった。たしか7回くらい連続でガラスに突っ込んでったところが凄かった。スカッとした気分で劇場を後に出来るものだと思っていたのに、実際は見終わった後、疲れ果てていた。スクリーンの中のジョンと同じくらいにフラフラで。予定していた劇場近くのお気に入りの味噌ラーメンを食さずに帰宅してしまった。


 『地上最大のショー』と同じく、この作品も経営者と労働者についての映画だった。それも『地上最大』が両者の考え方の相違までの映画だったのに対し、こちらは労働者にとって辛くなる現実を突きつけてくる。過剰な周囲の視線に気遣い、働き続けなければ死んでしまう、かといって他に方法がないという現実。
 それが気分が重くなった理由だ。


 流行語大賞に「コンプライアンス(ルールを守り、従うこと)」がノミネートされて久しい。現代は企業経営にコンプライアンスが強く求められる時代で、いたるところでコンプライアンスコンプライアンスと呪文のようにみんなが唱えている(呪文をかけられているのは唱えている人たちだと思うのだが)。コンプライアンス維持のためにコーポレート・ガバナンス(組織の掟やルールを守らせる管理体制)の強化。企業は企業倫理の確立と、より透明性の高い経営が求められる。誰に?消費者にだ。消費者は不誠実な企業に対して厳しい目を向ける。透明化社会というのは、個人がSNSやインターネットなどで、あっという間に情報を手に入れ監視できる社会。


 前作「チャプター2」でコンプライアンス違反を犯したジョン。彼が所属する組織では特にコンプライアンス遵守に厳しく、ガバナンスの立場から世界中の殺し屋がジョンを抹殺しようとする。暗殺指令発動まで1時間の猶予の間、ルールを守らなかったジョンに雨が降り注ぐ。それ自体が透明な物質の雨が、ジョンに「透明性の維持!コンプライアンス違反には厳しいガバナンスを!」と言っているかのよう。雨の一粒一粒が、まるでSNSで企業の不正を監視する消費者ではないか。事実、街中の人々がジョンを知っていて、常に彼を監視している。
 まぁ、水の使い方がソビエト映画作家ほど詩的ではないなぁ、なんて考えてたら、雨が止む間際にジョンが訪れる場所が「タルコフスキー劇場」だったのは監督の思うつぼだったのか?


 そして I am a rule book の登場。蓮舫議員を彷彿させるベリーショート。彼女はルールを厳守することが絶対で、犯した罪と同じ数だけ罰を与える。ここまでルール「厳守が絶対!」の世界は、この The high and under the table か、王様ゲーム以外に存在しない。儀式を重んじ、ルールを重んじる裏社会組織の鉄壁なガバナンス。一般人が芸能人と不意に出会ったり、ブルーシートの内側に自殺者の死体がある、などの非日常が目前に現れると舞い上がっちゃって、道徳もコンプライアンスも放り出してカメラを向ける表の社会も少しは見習ってみてはいかが?


 透明性はラストまで続く。ホテル内(組織内)ではジョンとフロント係の労働者たちが命を懸けて技術革新に邁進し、働き続けている。そしてインチキ伊武雅刀&スネークマンとジョンが戦う場所がガラス張りの部屋。また透明。見通しが良くて、危険。しかも伊武の名前は、ゼロ。
 ヘロヘロになりながらも、戦うこと以外に道がない労働者ジョンと対照的に、分厚い壁の中の安全な部屋で、自らは労働に関与しないホテルのオーナー・ウィンストンは、不透明なワインを飲みつつ手駒が成果を上げるところを優雅に待つ。経営者!ウィンストンの余裕の表情は戦闘シーンより恐ろしい。


 そんな中、コンプライアンス厳守、経営の透明化が叫ばれ、有無を言わさずそれに従わざるを得ないこの世界で、ジョンは突然「見えない化」する。最初は駅で、次いでゼロとの戦いで、最後は蓮舫から。これだけ見透しの良い世界からジョンは消え、負けを回避する。
 ジョンが見えなくなった瞬間が、私はこの映画で一番感動した。

 

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『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』手持ちカメラの意味

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私の鑑賞する映画の選ぶ時は、事前に観たい映画のあらすじを丹念に調べたりオフィシャルサイトで情報を確認することはしません。いい作品に出会った時の衝撃を出来るだけ大きくしたい。なるべくタイトルだけ、監督名だけ、フラッと空いた時間に近くの映画館でやっているのを観る。
偶然いい女との激しい出会いを求めているのです。
食パンをくわえて「遅刻だ!」なんて言いながら走り、角を曲がった時に知らない女の子とぶつかってケンカ。その子が転校生として僕のクラスにやってくる、あの衝撃の出会い。
ちなみに私、学生の頃にコレやったんですが、走る時って歯をくいしばるので、3歩も駆け出さないうちに食パンは千切れて落ちてしまいます。あと、走った時の風の抵抗でもすぐに千切れます。経験者より未経験者のあなたへ。

リリー・フランキーの「映画も人生も博打も、低いレートでシビれることができる方が幸せであるに違いない」という文句は、まさに真理の的を射た言葉でしょう。

そのようにして『瞳の奥の秘密』や『薄氷の殺人』などと幸福な出会いを経験できたわけですが、反対にタイトルやポスターを見てつまらなそうだと判断してしまって、数年遅れて観て「あの時、観とけばよかった」と後悔することもここ10年ほど多くなっていまして、この方法が良いのかどうか分からないまま今に至っています。『世界にひとつのプレイブック』『はじまりのうた』そして『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』。これらは友人知人に強く勧められなかったら雨でも晴れでも会えないままだったし、晴れた日に想うこともなかったでしょう。クリス・クーパー伊東四朗がそっくりだということにも気づかないままだったはず。
タイトルでショボい恋愛映画だと思っちゃったよ。ポエムな凝ったタイトルにしないと耐えられないレベルの映画なんじゃないの?って。


作品を見はじめてすぐに手持ちカメラのブレが気になり始めます。
手持ちカメラの映像は酔ったり見にくかったりとデメリットの方が目立つので、アマチュア作品ならまだしも、このような作品であればそれ相当の理由があって手持ちにしたはずです。でも意図が見つけられない。固定カメラでいいじゃん、見難いよ。『仁義なき戦い』のような荒々しさをフィルムに定着させたいの?『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいなリアリティを獲得したいの?でもそんな感じはまるでしないよ。
これ失敗作か?でも結構面白いよな、なんて考えながら観ていました。

突然、使われなくなったメリーゴーラウンドのシーン辺りで、ふと気付く。
撮影用語で、カメラを固定して撮ることをフィックス(Fix)というそうです。Fix には固定するという意味の他に修理する・修繕するという意味がある。この作品のオリジナルタイトルはdemoliton 解体・取り壊しといった意味。

この映画は解体するところまでの話です。最後の最後まで修復されません。修復への小さなカケラを拾い集めたところで終わります。
自宅を取り壊し切った時に出てきたジュリアの隠し事、サンバイザーに隠されていたメモ。デイヴィッドは徐々に自身の分解されたパーツを取り戻す。そして子供の頃の最大の関心事「速く走る」。ラストに駆けっこで1番にゴールをしたデイヴィスは一番大事なカケラをを取り戻す。
あの笑顔!
クリスの助けを借りなくてもあんな笑顔を自然に出せるなんて!

そしてその後からが彼の修復の物語。だからそれまではFixの映像は使えなかった。
もしこの続編が作られるなら、それは手持ちカメラの映像が三脚に固定されるまでの話となるのでしょう。

 

 

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