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『はじまりのうた』光り輝く真珠になるためにしていること

 ジョン・カーニー監督作。前作の『ONCE ダブリンの街角で』とほぼ同じ話を予算増やして作りなおした感じの『はじまりのうた』ですが、前作同様何度も観たくなる気持ちよさがあります。

 

 キーラ・ナイトレイ。彼女のことは『プライドと偏見』での美しさに鳥肌が立ったことを覚えています。それを周囲の人に力説しましたが、誰ひとりとして賛成してくれませんでした。

 その後の彼女の出演作を見るたび、みんなの意見が正しいのかなってよろめきそうになったこともありましたが、今作は久々にキュートなキーラ・ナイトレイだったと思います。自転車を走らせるアップの美しさ!

 あなたを離さないでよかった。

 なにより彼女の歌声。派手なお顔とは反対に、素朴で聴いてて疲れないやさしい声。歌唱力も大変なものです。

 

 キーラ・ナイトレイの恋人役・アダム・レヴィーンは『マルーン5』というバンドでボーカルをしているミュージシャンなんですね。私は最近JAZZを聴くことが多くて、かなりの人気バンドにも関わらず全く存じ上げませんでした。主題歌『Lost Stars』に限って言えば、乱高下する彼のより、キーラ・ナイトレイのほうが好きです。『Lost Stars』本当にいい曲。

 

 なんでこんなに何度も見返したくなったり、人に勧めたくなるのでしょう。答えは見つかっていません。

 演出が上手だなと思ったところを脈絡なく書いてみようと思います。書きながら考えがまとまると良いのですが。

 

【おもな登場人物】

グレタ(キーラ・ナイトレイ

ダン(音楽プロディーサー)

デイブ(マルーン5のヒゲ)

スティーブ(グレタの親友のデブ)

 

 まず、ファーストショットがいい。以前『薄氷の殺人』の記事で「ファーストショットが面白いと感じた映画に駄作はない」と書きました。『はじまりのうた』もファーストショットが秀逸です。

 みなさんが以下の様な台本を渡されたら、どういうカット割りにしますか?

◯Bar(夜)

小さなステージがあるBar。スティーブの演奏が終わる。

スティーブ「どうもありがとう。今夜は友達が来てくれました。皆さんがよければ彼女に歌ってもらおうかなと。どうかな?」

観客から、いいぞ!と掛け声と拍手。

スティーブ「グレタ、来て」

とグレタにステージに上って歌うよう促すスティーブ。

 

 

 

 

自分なら、

  • ニューヨークの夜の街角の風景。スティーブの演奏の終わりくらいが流れてる
  • BARの入口や看板
  • BARの中、演奏終わりくらいのスティーブ~セリフ&観客向けショットのカットバック
  • グレタ向けのショット

とするでしょう。ほとんどの人も似た感じではないでしょうか。

 

 でも『はじまりのうた』のファーストショットは、スティーブの背中越しの観客たちなんです。正確には、本編映像が始まる前にスティーブの「どうもありがとう」というセリフ先行していまして、その音でここがライブ会場、演奏終了が終わったんだなと分かったあとの映像です。

 初めのショットで、まともに顔が映っている人がいないんです。スティーブは後ろ姿。観客は顔は判断できますが、その他大勢って感じ。その後、スティーブの長いセリフの間にカメラは左にパンして一人の女性・グレタを捉えます。初めてキチンと顔が映る人物。この女性が主人公なんだろうなということが無意識に分かるようになっています。

 我々はキーラ・ナイトレイの顔を知っていますが、100年後にこの映画を見る人はきっとキーラ・ナイトレイのことを知らない人がほとんどでしょう。しかし100年後の、何も知らずに観た人でも誰が主人公なのか分かるように作られています。さらにグレタとその他大勢の観客は明確に区別されていて、カメラがパンしたあとのフレームでは、はっきりと顔が分かるのはグレタだけになっています。計算された照明で彼女だけ浮かび上がらせています。

 ちゃんと主人公の登場のさせかたを考えていますね。私のカット割りでは、スティーブが主人公かな、となってしまいます。才能なし。運転中のジャガーから道路に捨てられるCDたちと一緒です。

 

 私が主人公の登場シーンに関心を抱くようになったのは『ヒトラー~最期の12日間~』です。タイトル以外に何も知らずに観に行きました。「タイトルからしてヒトラーが主人公なんだろうな」という予想。しかしファーストショットが正しい主人公を教えてくれました。

 

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ONCE ダブリンの街角で』のヒロインの登場の仕方もシビれますよ。

『晩春』も最初に人の顔形がわかるショットは原節子です。

 

  

 そしてプレイリスト。

 プレイリストを聴かせ合う行為は21世紀のセックスだと思います。

 セリフでもあるように、本当に自分が好きな曲をリストアップしているプレイリストは恥ずかしいものです。人には隠している性格、嗜好がバレてしまいます。私は裸を見られるよりプレイリストを知られる方が恥ずかしい。

 それを見せてもいいと思えて、相手のも受け入れたいと思える行為。

 「最近はJAZZばかり聴いてて」なんて言ってるけど、プレイリストの再生回数が一番多い曲が『恋のダウンロード』だなんて、心から愛する人と駅乃みちかにしか教えられません。

 

 このシーン、音楽を介してグレタとダンの心がつながります。

 そうなると次は肉体的につながる流れなのですが、スティーブが邪魔をします。

 ここでグレタとダンは、音楽においてつながっているが、男と女としては離れていくことが暗示されています。

 だから、次にふたりが会う屋上での演奏シーンが、この映画のピークであり、二人のピークでもあることが分かって涙が止まりませんでした。決してビートルズのマネや親娘の共演だけが心を揺さぶるわけではないのです。

 

 

こんなところでしょうか。

その他では、

  • ダンが音楽業界のダークサイドに落ちるほど伸びるヒゲ。心を入れ替えた証しに剃る。
  • 街中で録音しよう、というアイデアを話すシーン。他のシーンより街の雑踏の音が強調されていて、そこに重なるトランペットの音。セリフで説明しながら、同時に音でアイデアがどういう感じになるかを観客に伝えています。

 

 ひとつ残念だったのが、

 グレタが対等のパートナーから、ただのパシリに成り下がったシーンで、デイブが抹茶を飲んでいることがあります。恐らく、この後に浮気が発覚する韓国人女性スタッフとこの時点でけっこう仲良くなっていて、彼女に影響を受けてるという伏線だと思うのですが、日本と韓国の区別がついていないようです。グレタが「オシッコの味みたい」というのは驚きました。オシッコ飲んだことあるんですね。

 

 

2016年7月にジョン・カーニー監督の次回作『Sing Street』が公開されます。

 

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タイトルからして音楽。きっとまた我々を楽しませてくれるでしょう。

次も私の映画プレイリストに入る作品でありますように。

 

 

 

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