スクリーンを横から見てみる

映画と、映画以外の全て、の2つについて。twitterは@cathexis_impish

『来る』The Power

平成から令和にかわる瞬間はiPod classic に音楽を取り込んでいました。まだ使ってるんです、iPod。平成の遺物。
たまたま偶然区切られただけの時代ですが、そこに意味とか物語とか運命とか見出した気になって、それを誰かに話したくなっちゃいますね。ゴールデンウィーク中で暇だから余計に。

この区切りに、2018年の年末に観た中島哲也監督の『来る』を突然思い出しました。「古いな」と感じた箇所があったことを。該当の箇所は女子高生が写っているショットです。
2つ?3つ?たしかそれくらいだけだったはず。
前半の元気にカラオケで盛り上がっているところと、後半で写真撮ったりメイクしてたりするところ。
平成の初期に流行ってましたね、コギャル。ギャルの皆さんはパワーがあった。ほとんど関わりがない私の領域にまでグイグイ踏み込んできてた。「この世をばわが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」。
アムラーやらミチナガーらが闊歩してました。

『来る』では終始死の気配に包まれているメインキャラクターたちと、生を/性を発してるサブキャラの/市井の女子高生たちとのコントラストを見せたかったんでしょうか。でも今の彼女たちには、ぼぎわんに勝てるほどのパワーは持ってない。だからアンバランスだったし、その対比のさせ方に「古い」と感じたのでしょう。
それとも監督はただ若い女の子が好きなだけ?
それならば大化以前から続く、時代を超越した男子のパワーですね。

血とクレヨンが混じり合って何とも言えないカラフルな気持ち悪い液体の表現は面白かったよ!

 

Dog Man Star

Dog Man Star

 

 

新品の蛍光灯がつかなかった4つ目の原因

照明器具の本体?と接続するコネクター、「ランプ大」と「ランプ小」をアベコベに接続していたのが原因でした。

 

自宅の照明器具は32型と30型の二つある丸い形の蛍光灯です。蛍光灯もグローも両方新品に取り替えたんですが、小さい方だけ点灯して大きい方はグローランプがチカチカしてつかず。

google で調べると「3つ原因があります」という記事が上の方にくるのですが、どれも違う。仕方がないのでジーっと照明を見つめていたら、コネクターが間違っていたことが分かりました。

もしかしたら、もうひとりくらい同じような間違いをする人がいるかもしれないと思い、その人のために書き残しておくことにします。その人、頑張れ!

 

 

今年も映画はそこそこ鑑賞しているのですが、何か言いたくなるほどのものはなくブログもほったらかしです。

 

今年は災害やら、政治やら、師弟関係やら、なんやらといつも以上に日本は大変です。

大坂なおみ選手の話題でやっとパッとした雰囲気になりましたが、どこかのエステの会社が過去のCMにあやかって大坂さんを起用なんて話題作りしないで欲しい。わずかばかりの微笑ましい気分をぶち壊したりしないよう祈るばかりです。

 

樹木希林さんも、ご冥福をお祈りしたい気持ちが本気なら、頻繁に特番やったり過去作品放送しないでそっと忘れてあげるのが本当じゃないかと思いながらテレビを見ています。

 

『ベイビードライバー』 覆された「『君の名は?』の法則」

長年、映画を観ていると自分だけの法則のようなものが出来るものです。
以前、ファーストショットだけでこの映画が自分にとって名作になるかがわかる、なんてことを書いたことがあります。

cathexis-impish.hatenablog.com

 そういう私だけの法則。

 

もちろん、この映画観たのは失敗だ、と落胆する法則もあります。
そのうちの一つが、「あなた、名前は?」と問いかけられた主人公がそのお名前を観客の皆様へお披露目する、というものです。
これを私個人だけひっそりと「『君の名は』の法則」と呼んでます。

 

つまらない映画というのは、のっけから面白くなりそうな気配が全く感じられないものですが、
「あなた、名前は?」のセリフが出てきた瞬間に疑念が確信に変わるのです。

 

 

ところが、この『ベイビー・ドライバー』で堅牢だったこの法則が見事に砕け散りました。
ベイビーとデボラが初めてじっくりと会話をするシーンで、デボラは「あなた、名前は?」って聞きます。
しかし名前を聞くことが、この映画の根幹をなしている音楽を絡ませて、とっても素敵なシーンになっていました。

 

マイナスの法則が覆されるのは、とても嬉しいです。決めつけは良くない良くないね。
もやもやした中から抜け出した開放感、ドライブだけに疾走感か。晴れ晴れとした心持ち、鼻が短くなったときと同じような。

 

それと、育ての親が耳が不自由で喋らず、手話で会話する設定なのは、障がい者はみないい人、なんてステレオタイプな理由ではなく、ベイビーの本名を最後まで隠すためだったからでしょうね。
してやられました。

 

なお、主人公が自分から名乗ったあとに続いて相手も名乗る「僕の名は」についての法則は特にありません。

 


今年観た中では『ハクソー・リッジ』が良かったです。
負傷した味方の兵士が「神よ!」と叫ぶ声が主人公の顔にかぶさり、駆け出していく瞬間に心を揺さぶられました。
来年はどんな映画と出会えるのでしょうか。
もう覆ったのだから、尋ねましょう。
「おい、そこの2018年の名作映画。おまえの名前は?」

 

それでは良いお年を。